<第58話:デンキウナギの夢>

デブは光と闇の渦のなかで、どんどん自分の身体がバラバラになって、
小さな粒になっていくのを感じた。
デブの身体は重力から解放され、拡散し、
この世界で起きた過去、起こりうる未来、そして自分のいた時系列の外、
あらゆる可能性の存在を感じた。
それと同時に、デブは多種多様な世界に散在する自分を感じた。
ある時は、デブは反政府ゲリラのリーダーとして、
ライフル銃片手に戦場を走り回っていた。
ある時は、デブは政府高官となり、
武器製造会社の役員から賄賂を受け取っていた。
ある時は、古代国家の王であり、それに支配される人民だった。
ある時は、デブはサバンナの大平原で、
槍を持ってインパラを追いかける原住民であり、
追いかけられているインパラでもあり、
インパラが逃げ込んだ藪の低木でもあった。
ある時は、異星の海の底に生息する、とても小さな生き物となり、
酸素の屁をこいていた。
そしてある時は、森にデブは、一人暮らしていた。

自分が世界中のあらゆる時間のあらゆる場所の存在となり、
それを傍観していた。
光と闇の渦の中に、閃光のような瞬間と無限に続く永遠があった。
そのなかであらゆる生命とあらゆる物質が、
相互に作用して影響を及ぼしあっていた。
「ああ」
デブはすべてを理解した。
「あれ?」
そして次の瞬間、デブはすべてを忘れた。

バックミラーにかかっているピラニアのネックレスが目に入った。
デブは車の中で、最新式の携帯電話を耳に当てたまま朦朧としていた。
発売前から話題商品であったそれを買うために、
一晩中販売店の前に並んだのだった。
ふと窓の外を見ると「Jimmy's」と書かれた看板が見える。
真夏の太陽が照りつけ、うだるような暑さだった。
「Jimmy's」の裏の森が、真っ白な雲を背景にして、
濃い緑色のコントラストを描いていた。
耳に当てた携帯電話が、汗でぬるぬるした。
長い沈黙が流れた。
国道58号線を走る、けたたましい車の音だけが聞こえていた。
またデブは気が遠くなった。

「……ああ、はぁ、いいけど、どれぐらいの大きさ?」
沈黙を破って受話器の向こうから男の声が聞こえた。
「ちょっとさ、俺もまだイメージできてないんだけど、とにかくジオラマで、できたらかっこいいんじゃないかなと思ってさ!」
男の声に目を覚まされてデブは言った。
なぜその言葉が出たのか、一瞬分からなかった。
だがすぐにデブは、近々発売する予定のアルバムのジャケットのデザインを、
電話の向こうの男に伝えていたことを思い出した。
また少しの沈黙が流れた。
「……じゃあさ、あとから話聞きにそっち寄るからさ」
男は答えた。
「ケンシン! ありがとう! 死んだじいちゃんの遺言でさ、『困ったことがあれば、ケンシンに聞け』って言われてたわけさ! やっぱケンシンに頼んでよかったよ。じゃあ、またあとでね! ありがとうね! ありがとう!」
デブは冗談を言いながら電話を切って、助手席に置いた。

ケンシンの答えにデブは満足し、
胸躍るような興奮がわきあがってくるのを感じた。
ホルダーに置いていたコーラを手に取ると、一気に飲み干し、
ぐったりとシートにもたれかかった。
突然、デブの携帯電話が鳴り響いた。
デブはビクッと身震いして、それを手に取ると、発信者の名前を見た。
『雄太』。
デブは慌てて通話ボタンを押した。
「與古田さん! なにやってんすか! 今日レコーディングでしょ!? もうみんな集まってますよ! 早くカギ開けに来てください!」
雄太の怒声が響いた。
「あっ、そうか、ゴメンゴメン忘れてた! 今すぐ行くからさ、ホントゴメン!」
デブは電話を切ると、車を走らせた。

そんなわけで、『南国の夜』に、今日もみんな集まる。

<完>

 

*これで『コロニア物語』は終了です。長らくのご愛読、誠にありがとうございました。この長編ストーリーを読みながら、またあらためて南国ドロップスのセカンドアルバム『Colonia』の楽曲・歌詞・ジャケット・ブックレット・PVなどを楽しんでいただけると幸いです。

 

コロニア物語
著作:鷲野尚紀
原案:仲村兼伸、鷲野尚紀
編集:三枝克之
WEBレイアウト:與古田忠
ジオラマ&フィギュア:仲村兼伸、鷲野尚紀



Photo by G-ken